大阪地方裁判所 平成6年(ワ)11559号 判決 1996年1月24日
原告
宮崎紙業株式会社
右代表者代表取締役
宮崎康治
同
杉原庸介
右両名訴訟代理人弁護士
小寺史郎
同
内藤欣也
被告
総評全国一般大阪地連 松屋町労働組合宮崎紙業分会
右代表者分会長
吉田友信
同
吉田友信
右両名訴訟代理人弁護士
谷野哲夫
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告宮崎紙業株式会社及び同杉原庸介に対し、各金五〇万円及び右金員に対する、被告総評全国一般大阪地連松屋町労働組合宮崎紙業分会において平成六年一一月二七日から、被告吉田友信においては同月二八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告宮崎紙業株式会社(以下「原告会社」という。)は、紙製品の製造販売を主たる目的とする株式会社であり、原告杉原庸介(以下「原告杉原」という。)は、原告会社の非常勤の人事部長である。
(二) 被告総評全国一般大阪地連松屋町労働組合宮崎紙業分会(以下「被告組合」という。)は、原告会社の出荷配送部門に勤務する従業員四名で組織された労働組合であり、被告吉田友信(以下「被告吉田」という。)は、被告組合の分会長である。
2 ビラの配布行為
(一) 被告組合は、平成六年九月二七日午前八時ころ、大阪府東大阪市所在の地下鉄中央線長田駅二号出口付近において、別紙(略、以下同じ)一のビラ(以下「本件ビラ1」という。<証拠略>)を不特定多数人に配布した。
(二) 被告組合は、さらに、平成七年一月一〇日、大阪市中央区所在の「マイドームおおさか」で開催された大阪文具紙製品生産者大見本市(以下「大見本市」という。)の会場付近において、別紙二のビラ(以下「本件ビラ2」といい、本件ビラ1と併せて「本件各ビラ」という。<証拠略>)を配布した。
3 原告らに対する名誉棄(ママ)損等
(一) 本件ビラ1について
(1) 本件ビラ1表面には、<1>「宮崎紙業、パイプ椅子・暴行傷害事件の裁判提起、解決」との大見出しのもと、本文中に<2>(原告杉原が)「団体交渉の席上においてパイプ椅子を振り上げ組合員らに向かって投げつけてきたという事件」、<3>「宮崎紙業は、当初、右の暴行傷害事件は組合のでっち上げなどと全面否認し、刑事告訴でも何でもしろと主張していました。しかし、2年の歳月を経て、去る7月14日、裁判和解によってこの暴行傷害事件は一応解決に至りました(裁判の和解内容は会社の要望により公表しないことになりました)。」、<4>「ところが宮崎紙業は、その後も何ら反省することなく、この様な事件を引き起した人物を公然と雇い続け、労使の関係改善に努力し切望してきた私たちを裏切っています。」、<5>「この様な人物がやめない限り労使の関係正常化は望めず」などの表現がある。また、本件ビラ1表面には、「会社が裁判所へ提出した再現資料」と付記して、原告杉原がパイプ椅子を持ち上げたところを撮影した二葉の写真のコピー(その右下の写真のコピーを以下「本件写真1」といい、左上の写真のコピーを以下「本件写真2」という。また、本件写真1及び2を併せて「本件各写真」という。)を掲載している。
(2) これらの記載と本件各写真の掲載は、原告杉原がパイプ椅子を振り上げて投げ付け、被告組合員に傷害を負わせたとの事実を推測させ、とりわけ、本件各写真を「会社が裁判所へ提出した再現資料」と付記の下に掲載したことは、右見出しと本文の記載とを併せると、右事実を容易に推測させ、第三者に誤解を生じさせやすい。
(3) 右<3>中の「裁判の和解内容は会社の要望により公表しないことになりました」との記載は、原告らが右原告杉原の傷害行為の事実を認め、不利な和解をしたかのような表現となっている。
(4) 右<4>中の「この様な事件を引き起こした人物」との記載及び右<5>の「この様な人物」との記載は、いずれも原告杉原を意味しているが、右「この様な」は、「組合員に暴行・傷害を加えるような危険な人物である」ということを意味している。これらを総合すると、原告杉原は、被告組合員に対して暴行・傷害を加えるような危険な、いわゆるゴロツキの類であるような人物であることを記述している。
(5) 本件各写真の掲載は、原告杉原が暴行・傷害を加えるような危険な人物であるということを、視覚的にも強調している。
(6) 右のような記載等によって、原告杉原が、パイプ椅子を投げ付けていないし、被告組合員である宮崎晴起(以下「宮崎組合員」という。)に傷害を与えていないし、かつ、それが団体交渉中の出来事でないのに、同原告が、被告組合員に対し、団体交渉中にパイプ椅子を振り上げて投げ付け、その結果、被告組合員に傷害を負わせたような誤解を第三者に与え、また、原告杉原が右傷害を与える危険な、いわゆるゴロツキの類であるかのような人物であるとし、もって、原告杉原の名誉を棄(ママ)損し、さらに、原告杉原に対する右の名誉棄(ママ)損行為によって、原告会社の社会的評価を低下させると共に、右<4>の記載によって、原告会社が右のような原告杉原を雇用し続け、社会的弱者をいじめる企業倫理のかけらもない会社であると指摘し、もって、原告会社の社会的評価を低下させた。
(二) 本件ビラ2について
(1) 本件ビラ2表面には、原告杉原は「労務屋」と表現し(本文一二行目)、「会社側として元上部団体の組合専従役員を出席させる必要があるのでしょうか。むしろ、そのことで労使関係がギクシャクし、意思疎通が阻まれてしまっています。」、「このような元組合専従役員のプロはいらないとしてその解任を強く要求し」との記載があり、同ビラには、「会社の暴行傷害行為を訴えた」との記述とともに、「会社が裁判所へ提出した再現資料」と付記して本件写真1を掲載している。
(2) これらの記載や写真の掲載からは、本件ビラ1と同様、原告杉原が被告組合員に暴行・傷害を加えるゴロツキの類、あるいはこれを連想せしめるような危険な人物であり、原告会社に雇われた「労務屋」であることを記述している。
(3) 右の「労務屋」との記載は、あたかも原告杉原をしてスト破りなど、企業側から組合破棄を目的として雇われるゴロツキの類を指称しあるいはこれを連想させる表現であって、また、その他の記載と写真の掲載によって、原告杉原が右傷害を与える危険な、いわゆるゴロツキの類であるかのような人物であると指摘され、もって、原告杉原を著しく侮辱し、かつ、原告会社の社会的評価を低下させた。
(三) 本件各写真の目的外使用について
(1) 本件各写真は、被告組合及びその組合員である宮崎組合員が、原告杉原が平成四年五月二一日の団体交渉の際にパイプ椅子を宮崎組合員に投げ付けたことによって、同人が打撲傷を負った旨主張し(以下この事件を「本件パイプ椅子事件」という。)、原告らに損害賠償を求めて提起した訴訟(当庁平成五年(ワ)第六五七三号事件、以下「前訴」という。)において、原告らが、本件パイプ椅子事件の際に、当該パイプ椅子が宮崎組合員に当たるはずがないことを立証する目的で作成し、裁判所に提出した証拠の一部である。
(2) 前訴は、平成六年七月一四日、裁判上の和解(以下「本件和解」という。)によって終了したが、被告組合は、本件各写真をその正反対の趣旨、すなわち原告杉原が暴行、傷害を加えるような危険な人物であるということを視覚的に強調する目的をもって、本件各ビラに複写したもので、これは、原告らの爾後の立証活動を阻害し、裁判を受ける権利を侵害し、適正な民事裁判の実現を困難にすることにつながるばかりでなく、労使間の信頼関係を破壊し、紛争の円満な解決という前記和解の趣旨に反するというべきであって、極めて悪質である。
4 被告らの責任
被告組合は、原告杉原の名誉を棄(ママ)損等し、原告会社の社会的評価を低下させたのであるから、右の行為は不法行為を構成し、また、原告会社と被告組合との間で平成三年七月二三日付けで締結された協定書一六条の「故意に虚偽の事実を宣伝する行為・・・をしてはならない」との約定に反し、故意に虚偽の事実を宣伝したものであるから、右約定に反する行為である。また、被告吉田は、本件各ビラの作成及び配布について被告組合を主導したものであり、かつ、被告組合の責任者でもあるから、被告組合とともに、右不法行為責任を負担しなければならない。
5 損害
被告組合が本件各ビラを配布した前記長田駅近辺には文具団地があり、原告会社の得意先、仕入先といった取引先や、同業の会社が多数あるし、また、右大見本市は、大阪文具工業連盟、大阪紙製品工業会及び財団法人大阪中央地場産業振興センターが主催し、近畿通商産業局、大阪府、大阪市及び大阪商工会議所が後援して毎年一月中旬に開催されるもので、大阪府下の文具・紙製品業者が出品し、全国の得意先が招待されるものである。
このような、取引先や同業会社が多数存在する地域や関係者が集まる大見本市の会場付近で、本件各ビラを配布されたことにより、原告会社の社会的評価は低下させられ、もって、原告らは、精神的損害を被ったが、これを慰藉する金額としては、それぞれ金五〇万円を下らない。
6 よって、原告らは、被告らに対し、各自、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料各金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告組合については平成六年一一月二七日、被告吉田については同月二八日)から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)は認める。
ただし、原告杉原は、原告会社の従業員ではなく、原告会社が報酬を支払って被告組合に対する組合対策を委任しているにすぎない。
(二) 同1(二)は認める。
2(一) 同2(一)のうち、配布した対象が不特定多数人であることを除くその余の事実は認める。
(二) 同2(二)は認める。
3(一) 同3(一)(二)のうち、本件各ビラの内容については認め、その余は争う。
(二) 同3(三)のうち、原告らが前訴において証拠として提出した写真のうち二葉を本件各ビラに複写して掲載したことは認め、その余は争う。
4 同4は争う。
5 同5のうち、長田駅付近に文具団地があることは認め、その余は争う。
三 被告らの主張
1 労働組合が情宣活動として行うビラ配布等は、憲法二一条一項の表現の自由に基づく基本的人権として保障されているだけでなく、労働者の団結権、団体行動権に基づく組合活動として、憲法二八条により厚く保護されている。
そして、労働組合の情宣活動は、しばしば第三者に対して闘争の支援ないし協力を呼び掛けるためにも行われるが、この場合、相手方である使用者側企業等の実態が暴露され、そのことにより企業等の社会的信用が低下することがあっても、当該情宣活動の目的が、団結権を確保し、労働者の経済的地位の向上を図ることにあるときは、なお正当な組合活動であるとの評価を受け、右企業等としては、団結保障の一翼である表現活動を団結権保障法理に照らし、一定限度までは受忍する義務を負っているというべきである。
とりわけ、被告組合の組合員は、現在三三名の原告会社従業員(うち係長以下の者二七名)中四名にすぎず、このような少人数の組合にとっては、その団結を維持し、かつ、組織人員の増加を図るためにも、会社外でのビラまきなどによる情宣活動が、会社の不当労働行為に対抗し得る数少ない有効な戦術となっている。したがって、このような立場にある被告組合が行うビラまき戦術については、憲法上も手厚い保護が要請されるというべきである。
2 ところで、本件各ビラは、いずれもその内容が真実である上、被告組合としては原告会社の労務政策の不当性を第三者に訴え、世論の理解を得ることによって同原告の姿勢を正し、そこから正常な労使関係を築いていきたいとの意図に基づいてこれらを配布したものであるし、また、本件ビラ2に記載された「労務屋」という言葉は、「企業の労務や組合対策を専門にしている人物」というほどの意味で一般的に使われているものであって、その職業に対し、若干批判めいたり、皮肉めいたりするニュアンスを伴っていることは否定できないが、原告らが主張するゴロツキといった侮辱的な意味あいなど全く含まれていない。
3 また、本件各写真のように、公開の法廷で提出され、証拠調べの終了した証拠資料は、相手方が合法的に入手したものである以上、それが現に係属中の当該訴訟事件の進行に不当な影響を及ぼすというようなことがない限り、相手方がそれを自由に利用し得ることは当然である。
そして、証拠資料は、それ自体客観的な存在であり、原告らが自己に有利な証拠と考えて提出したからといって、それが必ずしも有利に作用するという保障はないから、原告らがどのような立証意図で当該証拠資料を提出したかということも、相手方の使用方法やその可否を左右するものではない。
まして、本件各写真は、原告杉原による本件パイプ椅子事件を原告らが自認して撮影したものであるから、被告組合にとっては、原告会社の経営姿勢ないし労務に関する姿勢を暴露し、これを正していくためのまたとない貴重な資料であって、これを情宣活動のため本件各ビラに掲載し配布することは、正当な組合活動として当然に許容される事柄である。
4 よって、本件各ビラの配布行為は、原告らに対する不法行為を構成せず、被告らに責任はない。
四 原告らの反論
1 労働組合によるビラ配布活動が正当化されるのは、当該活動の目的が、団結権を確保し、労働者の経済的地位の向上を図ることにあり、かつ、ビラの記載内容が相当であるときに限られるのであって、これらの要件を欠く場合には、組合活動としての正当性を逸脱した違法行為に該当するというべきである。
2 しかるに、本件各ビラは、本件パイプ椅子事件の際、宮崎組合員にパイプ椅子は当たっておらず、「傷害」の結果は発生していないにもかかわらず、その事実があったかのような真実に反する印象を与えるものである。また、原告杉原に対して「労務屋」という侮辱的な表現が用いられている上、本件各写真を複写しているのであって、これらの表現は、前記のとおり、事情を知らない読者である原告会社の同業者や得意先に対し、原告杉原が労働組合員に対してパイプ椅子を投げ付けて暴行・傷害を加える危険な「労務屋」すなわち組合破壊を目的として企業に雇われるゴロツキの類であって、原告会社は、被告組合の要求に反して、右のような人物を雇い続け、社会的弱者をいじめる企業倫理のかけらもないような会社であるかのごとき虚偽の印象を与えて、原告らの社会的評価を侵害するものである。
そして、こうした内容のビラを配布する被告組合の情宣活動は、労使間の正常化を目指した本件和解の趣旨を没却し、労使間の紛争をいたずらに引き起こすという効果しかないことを考えると、被告組合の団結権を確保し、被告組合員らの経済的地位の向上を図ることにあるとは到底いえないのである。
3 右に述べたとおり、本件各ビラには、虚偽の事実や誤解を与えかねない事実が記載されており、また、その表現も、誹謗中傷、侮辱的、誇張的である上、被告組合がこれらのビラを配布した目的も、被告組合員らの経済的地位の向上を図ることにあったのではないのであるから、被告らは、原告らに対する不法行為責任を免れないというべきである。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(当事者)、同2(一)(被告組合が、平成六年九月二七日午前八時ころ、地下鉄中央線長田駅二号出口付近において、本件ビラ1を不特定多数人に配布したこと(右ビラ配布の対象が不特定多数人であったことは、被告組合代表者吉田の供述により認める。))及び同2(二)(被告組合が、平成七年一月一〇日、大見本市の会場付近で本件ビラ2を配布したこと)は当事者間に争いがない。
二 請求原因3(原告らに対する名誉棄(ママ)損等)及び被告らの主張(本件配布行為の正当性)について
1 請求原因3のうち、本件各ビラの内容及び本件各ビラに掲載された本件各写真が前訴において原告らが証拠として提出した写真を複写したものであることについては当事者間に争いのないところ、右争いのない事実によると、本件ビラ1は、その表面で「パイプ椅子・暴行傷害事件」という見出しを用いながら、あえて本件和解内容の掲載を控える旨を明示することで、本件和解においては触れられなかった傷害の結果が発生したかのような印象を読者に与えたり、本件各写真を複写することによって読者に対する右の印象を視覚的に強めたり、さらには、本件各写真について「会社が裁判所へ提出した再現資料」という説明を付することで、あたかも原告会社が傷害の結果発生の事実を認めたかのような口吻をしていること、原告杉原を「この様な人物」と評して同原告に対する反感を示したいること、また、本件ビラ2は、その表面の本文中で、前訴を「暴行傷害事件」とした上で、本件写真1を複写し、「会社が裁判所へ提出した再現資料」という説明を付しており、さらに、「労務屋」との表現を用いていることを認めることができる。
右のような本件各ビラが摘示する事実及び本件各写真の掲載態様に徴すると、被告組合による本件各ビラの配布行為は、原告杉原に対する名誉を棄(ママ)損し、原告会社の社会的評価を低下させるとの評価をなし得ないでもない。
2 すすんで、被告らは、本件各ビラの配布行為は、労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、その内容も真実である上、本件各写真の掲載も不当ではないから、不法行為に該当しない旨主張し、これに対し、原告らは、本件各ビラの配布行為が、労働者の経済的地位の向上を目的としたものではなく、また、その内容も事実に反する印象を読者に与えたり、原告杉原に対する侮辱的な表現を用いたり、原告らが前訴で証拠として提出した写真をその趣旨に反して使用するなど、労働組合が行う情宣活動としての相当性を逸脱しているから、被告らの責任は免れない旨主張するので検討する。
前記当事者間に争いのない事実に成立に争いのない(証拠略)、原告杉原本人尋問の結果により真正に成立したと認められる(証拠略)、原告杉原及び被告吉田各本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件パイプ椅子事件前の原告会社における労使関係について
(1) 被告組合は、昭和五八年四月五日、原告会社の従業員七名(当時の従業員は五二名で、組合員資格のある者は四二名であった。)で、被告吉田を分会長として結成され、三か月後には、組合員は一六名にまで拡大したが、その後昭和六二年一〇月ころには組合員は四名となり、現在に至っている。
(2) 原告杉原は、昭和五四年ころ、総評全国一般労働組合大阪地方本部書記長を退任するまで、一七年間、労働組合の専従役員を務めた経験を有する者であるが、昭和五六年秋ころから、三和経営の名称で、人事労務に関する経営コンサルタント事業を営んでいた。
そして、同原告は、昭和五九年五月ころ、被告組合が総評全国一般労働組合に加盟していたことから、原告会社の依頼により、同原告から顧問料を得て、非常勤の労務担当人事部長に就任し、以来、同原告の代表取締役宮崎康治(以下「宮崎社長」という。)と共に被告組合との団体交渉に、会社側代表として出席するなどしていた。なお、原告会社は、被告組合が結成されて間もなく、単産労組の専従役員の経験のある梶保次を非常勤取締役として、被告組合との団体交渉に立ち会わせていたことがあり、原告杉原は、右梶に代わって、原告会社の労務担当者となったものである。
(3) 原告杉原は、平成元年ころ、株式会社三和経営を設立して代表取締役に就任したが、同社の業務は、同原告一人で行われており、同原告は、以後原告会社と同社との契約に基づいて、同社から原告会社に派遣された形をとっていた。
このようにして、原告杉原は、原告会社で団体交渉が開催されるときを中心に、平均して一か月に一、二回程度、一回に二、三時間程出社して被告組合との団体交渉に出席するほか、賃金について原告会社の宮崎社長の相談に応じたり、考課査定の基準を作るなどの業務に当たっていた。
(4) なお、原告杉原は、原告会社で非常勤の人事部長を務める傍ら、株式会社ピカコーポレイション、東大阪石井工業、大和浄化工業所など合計七社で人事労務関係の業務に携わっている。また、原告杉原は、これまでに、小南記念病院、株式会社作田、大阪東部冷蔵株式会社及び大阪ケミカル工業株式会社の経営コンサルタントを務めたこともあり、これらのうち、小南記念病院、株式会社作田及び大阪東部冷蔵株式会社では、同原告の在任中に労使紛争が発展し、地方労働委員会に救済命令や斡旋の申立てがなされたことがあった。
(5) 原告杉原が人事部長に就任した後の昭和五九年八月一一日、原告会社と被告組合との間で、原告会社が被告組合に対して不当労働行為を行わないことなどを内容とする労働協約が締結され、それまでの労使間の問題は一応の解決を見た。
しかし、昭和六〇年一月ころから、被告組合と原告会社とは、団体交渉の開催、原告会社の経営方針、賃上げの内容や労働条件の改善等を巡って、再び意見の対立を重ねるようになった。
(6) すなわち、被告組合は、同年五月二五日、団体交渉の席で夏季一時金の引き上げを求めたところ、原告杉原は、「そんなに文句ばかり言うのならやめたらいい。」、「次回、君らには一切回答しない。」、「帰れ。」、「生活、生活というが、今でも生活できているだろ。」といった発言で応じたばかりでなく、同年六月一四日の団体交渉では、被告組合の質問に対し、席を立って団体交渉拒否の態度に出たため、被告組合は、同月二〇日、原告会社に対し、「申入書並びに質問状」と題する書面(<証拠略>)を交付してこれに抗議した。
また、原告会社は、同年七月一日、被告組合員の賃金をカットするなどしたため、被告組合は、これを不当として、昭和六一年五月、初めて大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対して救済命令の申立て(昭和六一年(不)第三三号事件)に及び、右事件は、同年七月一四日に地労委の関与のもと和解により終了した。
(7) 次いで、被告組合は、昭和六二年三月には、原告会社が、被告組合の作成したビラを理由に団体交渉を拒否したとして、地労委に対し、団体交渉応諾を命ずる救済命令を求める申立て(昭和六二年(不)第三三号事件)をし、また、原告会社が同年四月、前記昭和五九年八月一一日付け労働協約の破棄通告を行ったため、地労委に対して重ねて団体交渉応諾を命ずる救済命令を求める申立て(昭和六二年(不)第三八号事件)をした。さらに、被告組合は、これらの事件が地労委で係属中の同年一一月、原告会社が被告組合員の従事する配送業務を外注化しようとしたことが、支配介入に当たると主張して、昭和六三年一月八日、地労委に対して救済命令を申し立てた(昭和六三年(不)第一号事件)。
(8) この間、被告組合は、原告会社が非常勤である原告杉原の都合が合う日にしか団体交渉を開催しないことや、原告杉原が、団体交渉の席において「組合は常識がない。」、「組合は自分が小便しに行っても会社がさせたと言うんや。」、「団体交渉している最中に申入書を出してくる、そんな馬鹿な組合聞いたことない。」といった発言をしたことについて、ビラや原告会社に対する抗議書を通じてその不満を主張していた。
そして、被告組合は、昭和六三年三月、同年度の賃上要求について団体交渉開催を求めたのに対し、原告会社は、賃上げ回答は五月以降のことだから団体交渉に応じられず、今話し合っても解決しない旨申し出た。被告組合は、直ちに同月一九日、地労委に対して、団体交渉応諾の救済命令を求める申立て(昭和六三年(不)第八号事件)をした。しかし、右事件は、原告会社が賃上げの有額回答と団体交渉に応じる旨を明らかにしたため、間もなく取り下げられて終了した。
原告会社と被告組合は、同年末の年末一時金要求をめぐる団体交渉においても、団体交渉の開催期日、一時金の計算、支給方法についてなかなか意見が一致せず、右一時金について妥結を見た後も、団体交渉の開催について、労使双方の意見対立が解消しなかった。そこで、被告組合は、平成元年二月一三日、再度団体交渉応諾を求めて地労委に救済命令を申し立てた(平成元年(不)第六号事件)が、右申立ての翌日に原告会社が団体交渉に応ずる旨を通知したため、右事件も間もなく取り下げられて終了した。
(9) 原告会社は、被告組合の平成二年度の賃上げ要求に対し、平成二年四月二三日に賃上げ回答をし、同年五月二四日には夏季一時金についての回答をした。被告組合は、右賃上げ回答で導入された「調整配分」の項目の「考課査定」の考課基準が不明確であるとして、同年六月一四日、夏季一時金については原告会社の回答通りの妥結通知をしたが、賃上げについては、原告会社の示した「調整配分」とは異なる内容の妥結通知をした。これに対し、原告会社は、同月一五日、賃上げについてはこれを妥結とは認めない旨回答し、労使間で団体交渉が継続されることとなった。
しかし、その後原告会社が、右夏季一時金を支払わなかったことから、被告組合は、原告会社に対し、同年七月八日、右夏季一時金のみならず、同年度の賃上げ分の給与についても支払いを求める訴訟(当庁平成二年(ワ)第四九五九号事件)を提起した。
右事件は、同年一一月二七日、原告会社が被告組合員らに対して夏季一時金を支払う内容の裁判上の和解によって解決した(<証拠略>)が、右「考課査定」をめぐる労使間の意見の対立はその後も続き、地労委による斡旋申立てと同斡旋の不調を受けて、被告組合は、平成三年三月一八日、右「考課査定」の内容を明らかにすることなどを求める救済命令の申立て(平成三年(不)第一一号事件)を地労委に対して行った。
(10) 前記昭和六二年(不)第三三号、第三八号事件及び昭和六三年(不)第一号事件の各救済命令申立事件は、地労委の関与のもと、平成三年七月二三日、労使間で新たに労使協定を締結することで解決をみた(<証拠略>)。しかし、これまで原告杉原が、団体交渉の席でしばしば挑発的な発言をしてきたり、団体交渉を中途で打ち切るなど組合を軽視するかのような態度を取ってきたことや原告会社との団体交渉の期日が非常勤である原告杉原の都合によって決められていたことから、被告組合は、同年末ころから、原告会社における労使関係の対立は、宮崎社長が労使間の諸問題を原告杉原に一任し、自ら団体交渉に応じようとしないことに原因があるとして、同原告の存在を、原告会社と被告組合の正常な労使関係形成の障害として位置づけるようになった。
そして、被告組合は、配布するビラ等において、原告杉原を名指しで非難し、その退任を求めたりするようになったが、昭和六一年七月ころ以降は、ビラ等において、原告杉原を「労務屋」と指称したり、「労務屋杉原氏」などの表現が再三用いられていた。
被告組合は、原告会社に対し、同年一二月二六日及び平成四年一月一六日の二回にわたって、原告杉原の解任を求める申入れを行う一方、同月一二日に、前記「マイドームおおさか」で開催された大見本市の会場前で、街宣車を利用し、かつ、一五〇〇枚に及ぶビラを配布するといった情宣活動を実施したばかりでなく、同年三月には、原告会社の取引先であるユーキ株式会社に対し、原告会社に原告杉原を辞めさせるよう働きかけることを求める申入書(<証拠略>)を送付した。
また、その間、被告組合は、原告会社が、被告組合員が就業時間中に地労委に出席するに際して、賃金カットを行ったことが不当労働行為に当たるとして、地労委に対し救済命令を求める申立て(平成四年(不)第一号事件)を行い、さらに、同年四月には、同年度の賃上げに関する団体交渉の応諾等を求める救済命令申立て(平成四年(不)第一六号、第一七号事件)をした。
なお、右平成四年第一号事件については、同年四月二七日、就業時間中の地労委出席の場合、昼休みの休憩時間を除き、片道につき一時間半を限度に賃金を保障するなどを内容とする和解が成立した。
(二) 本件パイプ椅子事件の発生と前訴
(1) 原告会社と被告組合は、平成四年五月二一日、原告会社食堂において、原告杉原、宮崎社長及び被告組合員四名の出席のもと、団体交渉を開催した。右団体交渉では、前記平成四年(不)第一号事件の和解解決を受けて、右和解に基づく給与保障の遡及計算について原告会社の通知がなされた後、同年度の昇給の査定の内容、夏季一時金、出荷場のクーラー設置、食堂のテレビ購入及びその他の被告組合の要求事項が話し合われたが、労使間に意見の一致は見られなかった。
そのため、原告杉原は、「はい、終わり。」と言って団体交渉を打ち切り、いったん宮崎社長と共に右食堂を出たが、組合員らが同原告と宮崎社長の退去に激しく抗議したため、原告杉原は、これに憤激し、再び右食堂に入るや「何ぬかしてるんや、あほんだら。えぇーっ、もう一遍言うてみぃ。」と言いながら、被告組合員らの面前で、食堂のパイプ椅子をテーブルの上にたたきつけた。
宮崎組合員は、その際、右パイプ椅子が同人の右頬にぶつかったとして、その場で直ちに原告杉原に謝罪を求める一方、同日、東朋八尾病院で診察を受けた。同人を診察した石田文之祐医師は、右頬部打撲として約二日間の加療を要すると思われる旨記載した診断書(<証拠略>)を作成したが、その際、他覚的所見は認められなかった。
(2) 被告組合は、本件パイプ椅子事件を非難するビラを作成する一方、原告会社に対し、右事件後直ちに、文書をもって抗議を申し入れた。これに対し、原告会社は、同月二九日付けの被告組合に対する「抗議書に対する反論」と題する文書(<証拠略>)をもって、本件パイプ椅子事件の発生自体を否認した。このため、被告組合は、本件パイプ椅子事件及び原告会社の右対応を非難するビラを作成、配布する一方、取引先及び大阪紙製品工業会に対し、原告会社に原告杉原を辞めさせるよう働きかけることを求める要請書を送付した。そして、被告組合は、同年八月一四日、地労委に対し、団体交渉において組合を威嚇する暴言及び暴力行為の禁止並びに謝罪文の掲示を求める救済命令申立て(平成四年(不)第三九号事件)をした。
(3) さらに、被告組合と宮崎組合員は、平成五年三月三〇日、東大阪簡易裁判所に、原告らに損害賠償を求める前訴を提起し、右前訴は、同年四月六日、大阪地方裁判所に移送された(当庁平成五年(ワ)第六五七三号事件)。
被告組合及び宮崎組合員は、前訴において、原告杉原が、右団体交渉の際に、パイプ椅子を宮崎組合員に投げつけたため、右パイプ椅子がテーブルにバウンドして同人の右頬に当たり、同人が打撲傷を負った旨主張したのに対し、原告らは、原告杉原が、右団体交渉の行われた食堂のテーブルをパイプ椅子でたたいたことは認めたが、これは団体交渉の終了後に、同原告が被告組合員から「おい、杉原、待たんか。」、「労務屋、待たんか。」、「卑怯やないか。」などといった罵声を受けたためにしたものであり、また、パイプ椅子は宮崎組合員に当たっておらず、同人が負傷するはずはない旨反論した。
そして、原告らは、前訴において、自己の主張を立証するために、本件各写真を含む現場の再現写真を、(証拠略)として提出した。
(4) 前訴は、原告杉原及び宮崎組合員の各本人尋問を経て、平成六年七月一四日の和解期日において、次の内容の和解(以下「本件和解」という。)をもって終了した。
ア 原告らは、平成四年五月二一日、被告組合員らの面前において、原告杉原がパイプ椅子をもって原告会社の食堂のテーブルをたたいたことを認め、これに対し、遺憾の意を表明する。
イ 原告らは、被告組合及び宮崎組合員に対し、各自本件訴訟費用等として金八万円を支払うこととし、これを平成六年七月一八日限り原告会社において支払う。
ウ 被告組合及び宮崎組合員は、本件和解の内容について、被告組合員及び支援組合員以外の者に対し公表しない。
エ 被告組合及び宮崎組合員はその余の請求を放棄する。
オ その余の訴訟費用は各自の負担とする。
(5) なお、前記平成四年(不)第三九号事件について、地労委は、本件和解後である平成七年一〇月一三日に、原告杉原に対する申立ては被申立人適格なしとして却下し、原告会社に対する申立ては本件和解によって被救済利益がなくなったとして棄却する旨の命令を発した。
(三) 本件各ビラの配布
(1) 本件和解後も、右平成四年(不)第三九号事件や、被告組合が平成五年度の賃上げ内容の成文化などを求めて平成五年八月三日に申し立てた平成五年(不)第四〇号事件その他の救済命令申立事件は解決に至らず、また、前記平成三年七月二三日付け労使協定の破棄とその改訂を議題として平成六年八月八日に開催された団体交渉では、労使間に意見の一致を見ないばかりか、原告杉原が、被告吉田に対して「気にいらんのなら会社をやめてしまえ。」、「諸悪の根源は君や。」といった発言をするなど、原告会社と被告組合の対立関係は解消しなかった。
(2) そして、被告組合は、平成六年九月二七日午前八時ころ、地下鉄長田駅二号出口付近において、本件ビラ1を約三〇〇枚、通勤客らに対して配布した。
なお、被告組合が、本件ビラ1の配布を右時刻に同所で行ったのは、長田駅付近には文具団地があり、ユーキ株式会社、株式会社ニシカワ、山孝紙業株式会社、丹下株式会社、高田商事株式会社、株式会社トーヨ、丸大紙業株式会社及びホリアキ株式会社といった原告会社の取引先や、同業会社が多数あるので、通勤途上のこれらの会社の従業員らに対し、被告組合の活動への理解及び支援を求め、業界からの原告会社に対する批判や圧力を期待したためであった。
(3) 原告らは、本件ビラ1の配付行為を名誉棄(ママ)損に当たるとして、被告らに対し、同年一一月一一日、本件訴訟を提起したが、被告組合は、さらに、平成七年一月一〇日、前記「マイドームおおさか」で開催された平成七年度の大見本市の会場前において、本件ビラ2を約二〇〇枚、右大見本市の来客らに対して配布した。
被告組合が、同所において本件ビラ2を配布したのは、右大見本市には、大阪府下の文具・紙製品業者が出品し、全国の得意先が招待されるものであることから、大見本市に参加する業者に対して、被告組合の活動への理解と支援を求め、業者による原告会社に対する批判及び圧力を期待したためであった。
(4) なお、被告組合は、原告会社に対抗する手段として、専ら街頭等におけるビラ配布や原告会社の取引先に対する書面による要請活動を中心に行ってきたが、その理由は、組合員数が少ない被告組合がストライキに及んでも、原告会社に対する効果が期待できないばかりでなく、賃金カット等により、被告組合やその組合員の被る打撃の方が大きいと予想されたため、最も有効な方法として、右ビラ配布等を選択したためであった。
3(一) 労働組合が、当該会社に所属しない第三者に対するビラ配布などの情宣活動を通じて、会社の経営方針や企業活動を批判することは、それが組合員の経済的地位の向上をはかる目的でなされ、かつ、当該ビラなどの表現手段が、右目的との関連において、相当性を欠くものでない限り、なお正当な組合活動といえるのであって、右情宣活動によって会社や関係者個人の社会的評価に影響をきたすことがあっても、会社等としてはこれを受忍すべきというべきである。
(二) 右のような見地から本件各ビラ配布行為の正当性について考察を加える。
(1) 右認定の事実によると、被告組合と原告会社との間では、長期間にわたって、種々の紛争が繰り返し惹起され、特段の進展も見られなかったのであるが、被告組合は、労使の健全な関係を望み、その妨げとなる要因が、原告会社が原告杉原を労務担当者に据え、被告組合との交渉を一任していることにあると判断し、労使紛争を抜本的に解決するためには、原告杉原を原告会社の労務担当者からはずすことを求めるほかないと考えていたこと、本件パイプ椅子事件の発生後、被告組合は、原告杉原の行為及び右事件に対する原告会社の対応を非難するビラを作成・配布する一方、原告会社の取引先等に対し、原告会社に原告杉原を辞めさせるよう働きかけることを求める要請をし、さらに右事件に関し、地労委へ救済命令の申立てをするとともに、損害賠償請求訴訟を提起したこと、右訴訟は、本件和解によって終了したが、右和解後も原告会社と被告組合との間の種々の紛争は解決せず、原告杉原は、団体交渉の席上、被告吉田に対し、「気にいらんのなら会社をやめてしまえ。」、「諸悪の根源は君や。」などという発言をしたこと、このような原告らとの関係を修復し、団体交渉の円滑な進展を図るために本件各ビラの配布を行ったこと、被告組合は、組合員が少なく、その最も効果的な闘争方法がビラ配布等に限られていたこと、以上の事実を認めることができるところ、右の事実関係に徴すると、本件各ビラの配布は、被告組合と原告会社との団体交渉の進展や関係の修復を図る目的で行われたものであって、原告会社における労使関係の安定や健全化を実現し、ひいては被告組合の組合員の経済的地位の向上に資することに繋がるものであるから、被告組合の組合活動として、正当な目的のもとに行われたものということができる。
(2) 次に、本件ビラ1の表現について考察する。
原告らが右ビラの表現を不当であるとする理由は、まず、原告杉原が団体交渉中に、パイプ椅子を投げ付け被告組合員に傷害を負わせたとの事実を推測させるという点にある。確かに、原告らが請求原因3(一)(1)において指摘する右ビラの表現と本件各写真の掲載態様からすると、原告ら主張のような事実を推測させるかのごときである。しかしながら、本件ビラ1の表面を直視すると、原告会社において、同原告の雇用している原告杉原が惹起した暴行傷害事件の訴えを裁判所に提起していたが、この度和解によって解決したこと、ところが、原告会社は、右のような事件を発生させた原告杉原を依然として雇用し続けており、このようなことでは、労使の正常化が望めないことを訴えていると解することもできるのであって、本件ビラ1を受け取った者が例外なく原告ら主張のような事実を推測するとは断定できない。また、被告組合は、前訴において、宮崎組合員への傷害の事実を主張し、右傷害の有無が主要な争点とされていたのであるし、また、前記診断書等右主張を根拠付ける一応の証拠が存在していたのであるから、原告ら指摘の右ビラの表現等をもって、直ちに事実に反するものと非難することはできない。
次に、原告らが右ビラの表現に関し不当であるとする点は、請求原因3(一)(1)の<4>、<5>の「この様な事件を引き起こした人物」等の表現が原告杉原を意味し、原告杉原が被告組合員に暴行・傷害を与えるような危険な、いわゆるゴロツキの類のような人物であることを記述しているというのである。しかしながら、前記認定の事実から明らかなように、原告らと被告組合との間で、団体交渉中であったか、パイプ椅子を投げ付けたか、宮崎組合員に傷害を負わせたかどうかという点において争いはあるものの、原告杉原が、団体交渉を打ち切って退室しようとした直後に、パイプ椅子を振り上げてテーブルの上にたたきつけたことは間違いのない事実であって、このような原告杉原の行為は労使交渉に際して取るべき行為としては極めて妥当性を欠く行為であって非難に値するといわなければならない。右のような原告杉原の行為の内容と前記認定のような原告会社と被告組合との紛争関係に徴すると、本件ビラ1の右のような表現をもって不当なものとして非難するには当たらない。
さらに、原告会社が右ビラの表現に関し、原告会社の社会的評価を低下させるものとして指摘する点は、請求原因3(一)(1)の<4>の記載である。しかしながら、原告会社が本件パイプ椅子事件後も原告杉原を雇用していることは事実であり、被告組合が原告会社との労使関係の改善のための問題点として従来から挙げている点が原告杉原の存在であること及び前記認定のような原告会社と被告組合との継続した対立関係等に徴すると、右の表現をもって不当なものとして非難するには当たらないというべきである。
(3) すすんで、本件ビラ2の表現について考察する。
原告らが、右ビラの表現に関し不当であるとする点は、「労務屋」という表現が原告杉原を侮辱するものであるというのである。しかしながら、本件ビラ2に「労務屋」との表現はあるが、これが原告杉原であることを明示してはいないし、本件ビラ2に掲載された本件写真1は、それ自体が不鮮明である上、パイプ椅子を頭上にかざした原告杉原の顔も右椅子の陰になり、見えにくくなっているのであるから、事情を知らない一般の読書にとって、右「労務屋」なる表現が原告杉原を指し示すことが判明する可能性は極めて少ないというべきである。確かに、本件各ビラを入手した上でこれらを照らし合わせたり、被告組合がそれまでに配布した他のビラと対比してみれば、本件ビラ2の「労務屋」との表現が原告杉原を示すものであることが明らかになるといえるのではあるが、前記認定のとおり、本件ビラ1と本件ビラ2とは、配布の時期や場所、配布対象を異にしていることを考えると、本件各ビラの双方を入手した者は少ないものと推測されるし、それ以外のビラを根拠に本件ビラ2の「労務屋」が原告杉原を意味すると考えた者もさほど多くはなかったことがうかがわれる。
このように、本件ビラ2記載の「労務屋」が原告杉原を示すとの印象をもった読者は極く僅かであったというべきであるから、本件各ビラの配布によって原告杉原の社会的評価が害された可能性は極めて低く、また、前記認定にかかる原告杉原の経歴や「労務屋」なる表現が労使紛争の場で用いられることが少なくないことにかんがみれば、原告杉原がこのことによって、名誉を害されたということもできない。
よって、被告組合が「労務屋」という文言を用いたことをもって、直ちに本件各ビラ配布行為の違法性を基礎付けることはできないというべきである。
(4) 最後に、本件各写真の目的外使用の点について考察する。
原告らは、原告らが前訴で証拠として提出した写真を被告組合が本件各ビラに本件各写真として複写・掲載したことが違法行為であると主張する。しかしながら、たとえ当事者が訴訟のために用意した証拠であっても、これが一旦訴訟に提出された以上、その使用方法等が訴訟当事者として著しく信義に反するなど特段の事情のない限り、当該証拠が相手方によって他の目的のために無断で使用されたとしても、その一事をもって、直ちにその行為を違法と断ずることはできないというべきである。
本件についてこれをみるに、前記認定の事実によると、本件各ビラに「会社が裁判所へ提出した再現資料」と付記して掲載しているものにすぎず、その使用方法等に信義に反するというべき点は見当たらないし、前記認定の前訴における主張・立証の経緯及び原告会社と被告組合との労使紛争の経過等に徴すると、本件各ビラに本件各写真を掲載したことをもって違法な行為ということはできない。
(三) したがって、本件各ビラの配布行為は、被告組合の労働組合活動としての正当な目的のもとに行われたものであり、また、その表現方法等も相当と認められる範囲内のものであり、さらに、本件各ビラ配布の際、特段の混乱が生じた形跡もないことなどの事情をも併せ考えると、本件各ビラの配布行為は、社会的相当性を具備したものであって違法なものということはできない。
4 右判示のとおり、被告組合の本件各ビラの配布行為をもって不法行為に当たらないし、また、原告会社と被告組合との間で締結された協定書(<証拠略>)中の「故意に虚偽の事実を宣伝する行為・・・をしてはならない」との条項に反するものでないことは前記認定と説示から明らかであるから、原告らの被告組合に対する請求は理由がない。
また、原告らの被告吉田に対する請求は、被告組合の不法行為の成立を前提とするものであるから、右判示のとおり、被告吉田に対する請求も理由がない。
第三(ママ) 結語
以上の次第で、原告らの請求は、その余について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 長久保尚善 裁判官 井上泰人)